ごめんなさい、というと
あなたは決まって「違う」とわらう。
「ありがとう、でしょ」
そういって
頭をくしゃりとなでる。
「ありがとうございます」
いいなおすと
また頭をなでる。
犬みたい、とわらいながら。
わたしはちょっとむっとして
でもそんなに嫌じゃないんだ
頭から感じる手の重さを
心地よく感じるから
あの首すじからは、どんな匂いがするのだろう。
傾いてきた夕日の色と埃っぽい空気に満たされている教室で、ぼんやりと考える。やはりオーデコロンの香りだろうか。それとももう少し、甘さの増した匂いなのかもしれない。
「歩」
ふと名前を呼ばれる。
「このsinθの値は?」
かつかつと黒板をチョークで叩く音が響いた。二分の一、と心の中で答える。遠くから、野球部の掛け声がした。
「わかりません」
「さっきも説明しただろ、ここは45°になるから・・・」
黒板にかつかつと1/2が書き込まれる。
「おまえひとりなんだし、ちゃんと集中しろよ」
はーいと答えてから、ごめんなさい、と呟く。
「まあいいさ。ちゃんと期末で点取れよ、わざわざこうやって補習やってんだからな」
薄く笑う先生の顔は、夕日に染まってきれいだ。
ごめんなさい、先生。もう一度、心の中で呟いた。

首すじから香る匂いは、きっとむせかえるように甘いだろう。
永遠に届かないだろうその匂いを思いながら、シャープペンシルをくるんと回した。

金魚

2006年7月19日 つくりばなし
人間じゃなくて、たとえば金魚だったらよかったのかもしれない。金魚鉢にいれられて、玄関に置かれて、あなたが出かけるときとあなたが帰ってくるとき、心のなかで「おかえりなさい」と呟くような金魚だったら。わたしの望みはすべて叶うだろう。金魚だったら、あなたのそばで呼吸をし、あなたのそばで眠り、あなたのそばで死んでいくことができる。金魚がちょうどいい。それも、金魚すくいで一匹もとれなくてお店のおじさんがお情けでくれたような金魚が。あなたはやさしいから、生き物が死ねばきっと哀しんでしまう。でもたいして思い入れもない金魚なら、あなたの哀しみも少なくてすむだろう。

あなたを独り占めしてしまうあの子が、うらやましくないと言えば嘘。でも、まだわたしの望みは叶わないと決まったわけじゃない。
口の前に人差し指を立てて、自分自身を戒める。あなたのそばで呼吸をし、あなたのそばで眠ったこともある。叶えたい望みはあとひとつ。
わたしは金魚になれないからあなたを哀しませてしまうかもしれないけれど、それは許してもらうことにしよう。あなたは優しいから、きっとわたしのわがままも受け入れてくれる。

さよならをして永遠になろう。
わたしはもうすぐ、永遠にあなたを泳ぐ金魚になる。

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